メキシコに根強く残る女性差別について。マチスモvsレディファースト

メキシコは明るい人柄や文化の豊かさが魅力的な国ですが、実は深刻な社会問題として「女性差別」が存在しています。特に家庭・職場での性別役割意識や、女性に対する暴力は根強く残っています。私自身は特にフェミニストでは全くありませんが、女性差別は、メキシコに来てからの方が感じています。

マチスモ文化と女性差別

メキシコ社会には「マチスモ(machismo)」と呼ばれる文化が根強くあります。これは「男は強く、女は守られる存在」という考え方で、一見するとレディファーストの優しさに見えることもあります。しかしその根底には「女性は弱いから守られるべき」という固定観念があり、これが男女平等を妨げる原因となっています。

私はこのマチスモとレディファーストの両極端な考え方に、間ってないの?って思ってしまいます。

職場や家庭に残る男女不平等と女性差別

メキシコでは、女性の大学進学率が高い一方で、職場では昇進や給与で不利な扱いを受けるケースが少なくありません。また、妊娠・結婚を理由に退職を迫られる女性も存在し、家庭内では家事や育児の負担を女性に押し付ける習慣が依然として残っています。結婚と同時に旦那から仕事を辞めさせられるケースもあり、日本から見ると大きなカルチャーショックです。実際に私の元同僚も、この理由で仕事を辞めていますし、こういう女性は少なくないと身をもって感じます。

深刻な問題:ジェンダー暴力とフェミニシディオ

メキシコでは女性に対する暴力、特に「フェミニシディオ(女性殺害)」が大きな社会問題となっています。家庭内暴力や公共の場でのセクハラも頻発し、国際的に注目されるほど深刻です。毎年3月8日の国際女性デーや11月25日の「女性に対する暴力撤廃デー」には全国規模のデモが行われ、多くの女性が声を上げています。

本当に悲しい例ですが、2025年5月、メキシコの若手インフルエンサー バレリア・マルケス さんがライブ配信中に銃撃され、命を落とす事件が起こりました。配信の最後に「They are coming(来る)」と口にした直後に襲撃されたこの事件は、国内外に大きな衝撃を与えました。
検察はこの事件をフェミニシディオの可能性を含めて捜査しており、メキシコ社会における女性の安全の脆弱さを象徴する出来事となっています。

一見すると個人を狙った犯罪のように見えますが、背景には「目立つ女性や影響力を持つ女性が攻撃されやすい」というマチスモ文化の影響があるとも言えます。女性が自由に生きることを社会が許さない空気が、悲劇を繰り返す土壌となっているのです。

変化と希望の兆し

一方で、メキシコ社会には少しずつ変化も見られます。大学進学率では女性が男性を上回る地域もあり、政治の分野では「男女同数原則(paridad de género)」が導入され、議員の半数を女性が占めるようになっています。SNSを通じて若い世代が声を上げる運動も広がり、意識改革は進みつつあります。

まとめ

メキシコにおける女性差別は、表面的には「優しさ」として現れることもありますが、その裏には「女性は弱い存在」という固定観念が隠れています。職場や家庭の不平等、ジェンダー暴力、そしてインフルエンサー殺害事件などは、その現実を突きつけています。

こうした状況を変えるためには、教育や法整備だけでなく、社会全体の意識改革が不可欠です。女性が「弱いから守られる」のではなく「対等に尊重される」存在として生きられる社会が求められています。

【愚痴】メキシコでのレディファーストがうざい件
メキシコに来ていまだに慣れないというか、心地悪いのがレディファースト文化。 ドアを開けてくれたり、重いものを運んでくれたり、、有難いときも当然あるけど、正直うざいと感じる瞬間が最近増えてきた。 女を下に見てるのかなとか最初は考えてたけど、結局これらの行為をしようとしてくれている人に断れないことが一番つらい。 例えば先に道を譲ってくれる時。いやまあ有難いのだけれど、私は人の前を歩きたくない時がよくある。例えば道をよくわかってない時は人の後ろについていきたい。歩くのがおそいし、ゆっくり歩きたい。後ろを歩かれるのがそもそも嫌い。内向的なわたしだからだろうか。 何回か先に行ってよ!と行ってみたけど、彼らは一歩も引かない。自分が折れないと永遠に譲り合いになってしまうのがもうわかったので、受け入れるしかないみたい。 それからバスに乗ったとき支払いで大きいお金しかなくて、時間がかかるのが分かっているから最後に降りようと思っていても、強制的に譲られる(断る権利がないように見える)結局私の後ろ渋滞。もう本当にいや。事情を話しても、問答無用。まあ渋滞させて居心地が悪いのは私だけで、メキシコ人たちは気にしてないのが、日本との大きな違いだけど。 あと荷物。重いもの持ってくれるのはそりゃありがたいけど、運ぶのを禁止されているように感じる時がある。以前、職場で私が注文した備品が届いたことがあって、私が箱を運んでいたら男の上司が飛んできた。「そんなのあなたが運ばなくていい。誰かに頼んで」って言われたけど、私の心のなかは、みんな忙しいから。男の人の仕事が終わるのを待っていたら日が暮れるわ!という思いでイライラ。 別の日もまた荷物を運んでいたら、その上司暫く私にやらせてくれたけど、なんか罪悪感があるみたいで、持たせてくれと言ってきた。重たい荷物を持たせて助けない自分を周りの人に見られるのが嫌なのだろうか。私の考え方がひねくれているだけかな。 日本にいたときの職場では真逆だったので、余計ギャップを感じているのかも。 同僚のメキシコ人たちは、ガラフォンの水を運んでーとか、これ重いから運んでーとか、カジュアルに頼んでいる。1年以上たつけど、まだまだ慣れない。 少し話は逸れるが、日本とはまったく逆なのが、歩行者の扱い。近所のコインランドリーや小さいスーパーに行くときは歩いていくのだが、歩行者は本当に弱い存在だと感じる。すぐにクラクション鳴らされて、どけ!ってされる。

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