メキシコの「レディファースト」に戸惑う日々
メキシコに来ていまだに慣れないというか、心地悪いのがレディファースト文化。
ドアを開けてくれたり、重いものを運んでくれたり、有難いときも当然あるけど、正直うざいと感じる瞬間が最近増えてきました。あちらの自己満足を押し付けられてるような気がして……。
してくれている人に断れないことが一番つらい。面倒くさいんです。
道を譲られるストレス
例えば、先に道を譲ってくれる時。いや、まあありがたいのだけれど、私は人の前を歩きたくない時がよくあるんです。
例えば道をよくわかってない時は、人の後ろについていきたい。歩くのも遅いし、ゆっくり歩きたい。そもそも後ろを歩かれるのが嫌い。内向的なわたしだからだろうか。
何回か「先に行ってよ〜」と言ってみたけど、彼らは一歩も引かない。自分が折れないと、永遠に譲り合いになってしまう。だからもう、受け入れるしかないみたい。
バスでの譲られ地獄
たまにバスに乗ったとき。支払いで大きいお金しかなくて、時間がかかるのが分かっているから最後に降りようかな、って思うじゃないですか。
でも、強制的に譲られる。断る権利がないように見える。
結局、私の後ろで渋滞ができる。もう本当にいや。事情を話しても問答無用。
まあ渋滞させて居心地が悪いのは私だけで、メキシコ人たちは全然気にしてない。そのへんが日本との大きな違いなんですよね。
荷物を持たせてくれない
あと荷物。重いもの持ってくれるのはありがたいけど、運ぶのを禁止されているように感じる時がある。
以前、職場で私が注文した備品が届いたことがありました。私が箱を運んでいたら、男の上司が飛んできて「そんなのあなたが運ばなくていい。誰かに頼んで」と言ってきた。
でも私の心の中は、「みんな忙しいから。男の人の仕事が終わるのを待ってたら日が暮れるわ!」という思いでイライラ。
別の日もまた荷物を運んでいたら、その上司、しばらく私にやらせてくれたけど、罪悪感があるみたいで結局「持たせて」と言ってきた。
重たい荷物を持たせて助けない自分を、周りに見られるのが嫌なのかな。私の考え方がひねくれているだけかな。
日本にいたときの職場では真逆だったので、余計にギャップを感じるのかもしれない。
メキシコ人同僚の自然な頼みごと
同僚のメキシコ人たちは、ガラフォンの水を「運んで〜」とか、「これ重いからお願い〜」とか、すごくカジュアルに頼んでる。
そういう自然なやりとりにはちょっと憧れる。1年以上たつけど、まだまだ私は慣れない。
歩行者は最弱?日本とのギャップ
少し話は逸れるけど、日本とはまったく逆なのが「歩行者の扱い」。
近所のコインランドリーや小さいスーパーには歩いていくけど、歩行者って本当に弱い存在だと感じる。
すぐにクラクション鳴らされて、「どけ!」って言われるような感じがするんです。
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